量子力学で生命の謎を解くを読んで
 
 
 
 
 

ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン著、水谷淳訳

量子力学で生命の謎を解く SB Creative


「人間とは?、生命とは?、宇宙とは?」を考えるために、そして21世紀の世界を考えるためには大変示唆に富む1冊である。ボール・ゴーギャンの代表作の1つである絵(ボストン美術館蔵)のタイトル「Where do we come? Who are we? Where are we going?」への答えのヒントが本書のいたるところに散りばめられている。21世紀の新しい科学として「量子生物学」は大きく羽ばたき、人類のあり方を、社会のあり方を根本的に変えてしまうかもしれないことを予感できる大変スリリングな本でもある。21世紀の今、満開状態にある分子生物学が、すぐ先に来る閉塞感を打破して、新しい生命科学の領域に至るためには量子の世界に旅する以外に道はないのではないかと思えるほどの説得と魅力のある1冊でもある。もし10年前にこの本に出会っていれば私も間違いなく量子生物学の道に踏み入れたであろう。ましてこれから科学を目指す若い人は是非とも読んでいただき、志していただきたい。

 「善と悪の経済学」でトーマス・セドラチエックが指摘したように人類は「原罪」という「過剰消費」のパンドラの箱を開くことにより、「成長」という神話を獲得した。このことが、現在の資本主義経済につながり、人類は果てのない「成長神話」に拘束されている。今再び、人類は「量子生物学」という2つ目の大きなパンドラの箱を開こうとしているのではないかという大きな畏怖の念を抱くのは私だけであろうか?すでに人類は20世紀初めに量子力学という大きなパンドラの箱を開いてしまったのかもしれない。

 また、第4のグローバル化の波がニュートン力学や熱力学に基づいているとすれば、グローバル化第5波は相対性理論や量子力学に基づいており、20世紀末から始まったと考えられる第5波は20世紀初めにその科学的裏ずけが芽生えていたことになる。


 年明け、ヨーロッパに冬の寒波が訪れ、夕暮れの空気は身を刺すような冷たさだ。若いコマドリの心の奥深くに潜んでいた、それまでぼんやりとしていい目的意識と決意が、徐々に強まってくる。この鳥はこの数週間、普通の量よりはるかに大量の昆虫やクモや毛虫や果実を貪り食い今では体重は去年の8月に我が子が巣立ちした時の2倍近くになっている。その体重の増加分のほとんどは脂肪の蓄えで、まもなく出発する困難な旅路の燃料として必要になる。———で第1章は始まる。

 そう、コマドリは毎年北欧から3000kmの渡りをし地中海や北アフリカ沿岸までの旅をする。しかも正確に同じ場所にたどり着く。コマドリは如何にして方向や位置を認識するのか?コマドリのみならず動物界では同じような現象が広く認められる。例えば鮭である。鳥、クジラ、伊勢海老、カエル、サンショウウオ、ハチ等はどんなに優れた人間の探検家にとっても困難な旅へと出発する能力を持っている。この能力がコマドリでは、実は量子力学に基づいた、磁気受容であるというのだ。それは普通のコンパスのように磁北極と磁南極の違いを見分けるのではなく、磁極と赤道の違いしか見分けられない。磁力線と地面が作る角度(伏角)を測定する伏角コンパスであるというのだ。さらに、伏角コンパスはおそらくクリプトクロムという目のタンパクを使っているらしい。しかも古典力学ではなく量子力学を使っているらしい。オオカバマダラという蝶は、夏はカナダで過ごし冬はメキシコ山中で暮らす。この3000km以上の大移動は、どうやら太陽コンパスと補正のための24時間周期の体内時計を使用しているらしい。しかもこの体内時計にクリプトクロムという目のタンパクが関与し、磁気受容と同じく量子力学に基づいているらしい。

 量子力学は19世紀最後の年の1900年12月14日(今では量子の日と言われている)にマックス・プランクが熱放射は飛び飛びの決まった振動数で振動している不連続の微小な塊(量子)として放出されており、それ以上は分割できないという画期的な説を提唱したことに始まる。エネルギーを連続的なものと見ていた古典的な放射の理論とは完全にかけ離れていた。その後アイシュタイン、ボーア、ハイゼンベルグ、シュレーデインガーなどにより1920年代に量子力学の数学的な土台はほぼ完成した。現代では、アイシュタインの相対性理論と量子理論は双璧をなしており、宇宙の成り立ちから、私たちを取り囲むDVD、ブルーレイプレイヤー、スマホ、コンピュータなど量子力学の知識なくしては何一つ生まれてこない。この量子力学が「生命とはなにか」という謎を紐解く最大の候補であるというのである。

 コマドリの磁気受容に始まり、酵素、光合成、臭覚、そして遺伝情報の忠実性(このことにより種の維持が保証される)や、非忠実性(このことにより進化が起こる)、に実は深く量子力学が関与していることが非常にわかりやすく説明されていく。

 量子力学の不気味な現実(著者はあえて不気味、奇妙という言葉を使用して、量子力学が古典的なニュートン力学の世界、いわば常識の世界といかにかけ離れているかを印象づけようとしているように思える)、すなわち、1)波動と粒子の二重性、2)壁をも素通りできる量子トンネル効果、3)同時に2つ(あるいは複数)の振る舞いをする重ね合わせ現象、4)さらには遠隔にあるものに影響を与える不気味な遠隔作用、すなわち「もつれ」が存在する。これら常識では理解不能の現象をわかりやすく例えを引用して説明していく。特に、空間を隔てて2個の粒子が瞬時に繋がる「量子もつれ」と1個の粒子が同時に2つ以上の状態の重ね合わせ状態を取れること、この2つの理解が量子生物学の理解には特に重要であることを述べる。さらに量子「コヒーレンス」を、なんらかの存在が量子力学的に振る舞うこととであると定義し、「デコヒーレンス」はコヒーレントな振る舞いが失われて、量子的振る舞いが古典的振る舞い(ニュートン力学にそった振る舞い)に変わる物理的プロセスであると定義して話を進めていく。

 各章は、量子力学の説明、渡りをはじめ、光合成や酵素などの生物現象の説明、されにはこれらの現象が量子現象でどのように説明されるかを、量子力学の理解を深めながら、それぞれが絡み合いながら話が進んで行く。

 科学者の3大疑問とは、1)宇宙誕生、2)生命誕生、そして3)意識の形成、であると著者は考えている。生命体を分解することは簡単だが、分解した生命体の部品をすべて使用しても生命を誕生することはできない。人間はもちろんのこと、シンプルなウイルスでさえ部品を混ぜ合わせて作ることはできない。シュレディンガーは1943年の講義内容を翌年「生命とは何か」で発表した。「生命体はマクロな系のように思えるが、その振る舞いの一部は温度が絶対温度に近づいて分子の無秩序さが失われた時にあらゆる系がとりうるものに近い」。絶対温度ではすべての物体が熱力学の法則ではなく量子力学の法則に従う。著者は量子力学が「生命」や「意識」すなわち「こころ」が如何にして形成されるかという問題に迫れるか、その可能性にも言及する。マクロな世界が量子の世界に大きく影響を受けるという性質は生命特有のものであると論じる。「ニュートン力学」や「熱力学」が渦巻く海を航海している船に、生命をたとえて、生命はこれらの嵐を「熱力学」の中で渦巻く様々なノイズをうまく利用して、量子力学の世界と結び、コヒーレント状態を維持している状態が生命であり、このノイズを制御することができなくなり「熱力学」の渦に飲み込まれ、量子の世界との結びつきが失われると生命は永遠に失われ、ニュートン力学が支配するただの物質になるのではないかと推論している。さらに死とはもしかすると、生命体が秩序立った量子の世界との結びつきが断ち切られ、熱力学のランダムな力に対抗するパワーを失うことであるかもしれないと推論する。———あたかも帆船が、嵐吹き荒れる大海原で転覆することなく進むことができるのは、船長が帆をうまく使い、嵐という大きなノイズを打ち消しているように。そして、一旦嵐の波に飲み込まれると、永遠の無秩序な状態になり沈没を余儀なくされるように。     

 最後に、将来様々な部品を使用して、それらをコヒーレントな状態に維持できるようになれば量子の世界と結びついた人工合成生命が誕生するかもしれないという可能性を説いて「量子力学と生命をめぐる旅」は幕を降ろす。

 「人間とは?、生命とは?、宇宙とは?」を考えるために、そして21世紀の世界を考えるためには大変示唆に富む1冊である。ボール・ゴーギャンの代表作の1つである絵(ボストン美術館蔵)のタイトル「Where do we come? Who are we? Where are we going?」への答えのヒントが本書のいたるところに散りばめられている。21世紀の新しい科学として「量子生物学」は大きく羽ばたき、人類のあり方を、社会のあり方を根本的に変えてしまうかもしれないことを予感できる大変スリリングな本でもある。21世紀の今、満開状態にある分子生物学が、すぐ先に来る閉塞感を打破して、新しい生命科学の領域に至るためには量子の世界に旅する以外に道はないのではないかと思えるほどの説得と魅力のある1冊でもある。もし10年前にこの本に出会っていれば私も間違いなく量子生物学の道に踏み入れたであろう。ましてこれから科学を目指す若い人は是非とも読んでいただき、志していただきたい。

 「善と悪の経済学」でトーマス・セドラチエックが指摘したように人類は「原罪」という「過剰消費」のパンドラの箱を開くことにより、「成長」という神話を獲得した。このことが、現在の資本主義経済につながり、人類は果てのない「成長神話」に拘束されている。今再び、人類は「量子生物学」という2つ目の大きなパンドラの箱を開こうとしているのではないかという大きな畏怖の念を抱くのは私だけであろうか?すでに人類は20世紀初めに量子力学という大きなパンドラの箱を開いてしまったのかもしれない。

 また、第4のグローバル化の波がニュートン力学や熱力学に基づいているとすれば、グローバル化第5波は相対性理論や量子力学に基づいており、20世紀末から始まったと考えられる第5波は20世紀初めにその科学的裏ずけが芽生えていたことになる。

 

2015年12月1日火曜日

量子力学で生命の謎を解くを読んで
 
 
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