学長選考方法再検討の必要性
 
 国立大学改革の要は大学人の意識改革と大学運営人材の育成、学長選考方法の見直しである。

 21世紀は人類の歴史の中でグローバル化第5波の世紀であり、多様性爆発の世紀である。それは大変革の時代であり、不確実性の時代でもある。こうした時代には、幅広い教養と深い専門性を有し、物事の本質を見極めることができる人材の育成と、自由な発想に基づく学術・基礎研究の重要性が増す。

 明治政府は「国家百年の計は教育にあり」という考えで、帝国大学の創設や初等中等教育の整備を進め難局を切り開いた。今日、政府の第5期科学技術基本計画(特に第4章や第7章)にも言及するように、大学の役割はますます重大になっている。また学校教育法第9章第83条には「大学は教育研究の成果により社会の発展に寄与する」とある。

 大学の普遍的要素は多様性と持続性である。多様性とは大学の多様性であり、部局の多様性、学問と教育の多様性、人の多様性でもある。多様性があるからこそ、持続性が生まれる。大学は多様性を保ち、学問と教育の府として社会的使命を果たす責任がある。多様性をもたらすのは大学構成員の力であり、大学にとって個の力の最大化が重要になる。

 一方で、学問は異分野融合や細分化など絶え間ない進歩と変容を遂げ、社会の諸問題も複雑化している。それに伴い、部局や学問分野の枠を超えた大学運営の必要性が増している。組織として大学力の最大化を図るためには、財源の戦略的配分や部局の統廃合といった痛みの伴う改革も避けて通れない。

 その際に学長と構成員の間で利害の対立が起きることがあるが、これを発展の駆動力に変換することこそが大学運営の本質である。このためには学長と構成員との辛抱強い対話とお互いの立場を尊重する恕の心(思いやりの心)が必要である。

 大学運営の基本は志、理念、戦略、戦術である。どのような組織も志が明確でなければ人は動かない。理念は人の共感を得る必要がある。そして明確な戦略や戦術がなければ、志と理念を実現することはできない。

 私が学長時代に大阪大学は、物事の本質を見極める教育・研究の追求と調和ある多様性の創造によって多様性爆発の世紀を乗り切り、心豊かな人類社会の発展に貢献するという理念を掲げた。創立100周年の2031年には世界トップ10の研究型総合大学になるという志を立てた。理念と志を実現するために「大阪大学未来戦略・22世紀に輝く」や「世界適塾構想」を策定し、未来戦略機構を創設するとともに、財源配分の見直しを進め全国の国立大学に先駆けて柔軟な人事雇用制度を導入した(大阪大学ニュースレター2011-2015「世界適塾」を参照してください)。

 大学が多様性を維持し不確実性の時代を乗りきるために、学問の自由や大学の自治が重要であることは間違いない。同時に、大学は社会のためにあるということも忘れてはならない。さらにグローバル化第5波の今日、世界に開かれ世界に貢献する大学を目指した改革も重要である。こう考えると、自らの専門領域に閉じこもりがちな大学人の意識を改革し、大学運営に高い見識を持つ人材の育成と学長選考の見直しを進めることが大学改革、特に国立大学改革の要であることは明白だ。

 日本では学部長に就任しても、2~4年の任期が過ぎれば教授職に戻るのが一般的である。これでは学部長時代の大学運営経験が有効に生かされないばかりか、中長期的な視野で大学運営を考える人材が育たない。

 大学運営人材の育成には、大学運営の適性がある学部長経験者を学内の他学部や他大学の学部長あるいは副学長に抜てきして大学運営人材キャリアパスの制度を確立し、これらの人材が様々な大学の学長に就任し運営に当たることが望ましい。

 国立大学法人法第2章第12条では学長選考会議が学長選考を行うと規定されている。しかし、多くの大学では学長選考は4年から6年に1度しかない。この間に選考会議委員の交代もあり、学長選考のノウハウが蓄積されない。これでは学長選考会議は有効に機能しない。

 しかも、選考会議の議論の前に大学構成員による選挙を行う大学が少なくない。選挙は学長と構成員の意識をそろえるという利点もあるが、企業人からは「従業員が社長を選んでいるようだ」と違和感を持たれている。

 さらに、大学の構成員は大学の社会的役割よりも自らの専門領域を重視する傾向がある。これ自体は高度な研究や教育を行う上で重要だが、求められているのは「大学は社会のためにある」という意識改革である。

 一人ひとりの構成員が自らの大学は自ら改革していくという強い決意を持ち、組織としての大学力を最大化するために何をすべきかを真摯に考え、学長と共に切磋琢磨(せっさたくま)しなければならない。構成員の意識が変わらない限り大学改革は進まないし、選挙で最適任者が学長に選ばれる可能性は低い。

 最後に、大変革期にふさわしい学長を選ぶために第三者的な国立大学学長選考会議の設立を提案したい。地域別あるいは特色が似た複数の大学の学長を選考する会議で、大学構成員のみならず社会の意見も反映できる委員で構成、例えば毎年1つの大学の学長を時間をかけて学内外から選考する。こうすれば選考会議にノウハウが蓄積され、学長候補者のリストも充実するので、学内だけの視野の狭い選考から脱却できるはずである。

 あるいは、各大学の学長選考会議が連携して連絡会を設立し、学長人材リスト作成や学長選考方法の情報や意見交換を行う事も一案であろう。

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第三者的学長選考会議

同じ地域に存在する大学や特色が類似する複数の大学の学長を選考する会議で以下のような委員により構成される。

1)議長(常勤)2)学長選考の専門家(常勤)3)候補者の実績や経歴などを調査する専門職員(常勤)4)各界の有識者(非常勤)5)当該大学から選ばれた委員(非常勤)など

学内外からの学長候補者探し
候補者から最適任者を選出
選任後の学長からのヒアリングや意見交換
必要に応じて学長の解任もおこなう。

1年目はA大学の学長を選考、2年目はB大学、3年目はC大學のように毎年時間を十分かけて学長を選考する。
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(日経新聞平成28年2月22日朝刊掲載記事より:一部変更)



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