学長選考:大学改革の要
 
大学マネジメント JUL 2016 Vol.12, No4, 19-27、大学マネジメント研究会発行


学長選考:大学改革の要
国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構 理事長
              国立大学法人 大阪大学 第17代総長 平野 俊夫 

1.はじめに

私は、本年4月1日に国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(量研機構/QST)の初代理事長に就任しました。放射線医学総合研究所と日本原子力研究開発機構の核融合部門と、量子科学部門が再編され、4月1日に新しく発足いたしました。量研機構/QSTは全国で5研究所、7拠点からなる機構です。量子科学技術を基盤として、人類究極のエネルギー源である核融合研究開発から生活に関わる材料・物質科学研究、重粒子線やRI内用療法などの量子がん治療、量子イメージングによる認知症やうつ病診断や放射線被曝医療などの医学・生命科学の研究開発を行っています。本日はQSTの理事長という立場ではなく、前大阪大学総長の立場からお話しをさせていただきたいと思います。
周知のように、今、日本の大学は様々な問題に直面しています。それぞれの問題はすべて重要だと思います。 これらの問題の中でも、私は「学長選考」が、大学改革の要であると考え、本日は「学長選考」に焦点を当ててお話させていただきたいと思います。
本題にはいる前に、我々が生きている現在はどういう時代かということを、人類の歴史、20万年に遡って考えてみたいと思います。

2.人類の歴史におけるグローバルな大きな波

 今、グローバルな視点の重要性が唱えられていますが、私は人類の歴史20万年の中でグローバルな次元での大きな波は5つあったのではないかと思います。20万年前に、アフリカで誕生したホモサピエンスが10万年から15万年という非常に長い時間をかけて地球上の全大陸に拡散していきました。このグローバル化が第1波です。
 第2波は地球規模での多様性の勃発です。グローバル化は地球規模での単一化というベクトルを有していますが、程度の問題は別にして多様性の発生や、多様性と単一化の対立という問題を内包しています。第2波は、単一化よりも多様性の発生がグローバルな次元で色濃く出た時代と言うことができます。紀元前1万年前から12世紀にかけての約1万年間の間に、各地でさまざまな文明が生じ、その結果、言語であるとか、いろいろな慣習・文化、宗教など、現在の多様性の基本がグローバルな次元で確立しました。
 この第2波に続いて第3波は、13世紀から17世紀の400年間に生じたグローバル化です。13世紀に中央アジアそして一部ヨーロッパを含むユーラシア大陸に及ぶ世界帝国を築いたモンゴル帝国の出現により広域圏での陸上交通のみならず、アジアからアフリカ東海岸に至る大航海時代が始まり、最終的にはスペイン、ポルトガルなどにより、世界が7つの海でつながるという状況が起こりました。第3波におけるグローバル化の波は第4波へとつながり、さらに大きな波となります。
 第4波は、18世紀にイギリスでの産業革命とともに始ったグローバル化です。技術革新が加速度的に進み、大英帝国が世界を制覇したことに象徴されるように政治的・軍事的・経済的覇権競争が世界をまたにかけて展開されました。第4波は18世紀から20世紀末までの200年間続き、この間に人類は2回の世界大戦を経験しました。そして、その後の冷戦を経て1989年に起こったベルリンの壁崩壊により、この第4波は終りました。
 そして今、我々は第5波に突入しています。これは情報伝達手段、移動手段が飛躍的に進歩することにより、地球が相対的に狭くなり、この狭い地球上に多様性が凝縮されています。その結果、グローバルな次元で多様性の対立が歴史上もっとも際立つ大波です。各地で多様性の負の側面である対立や紛争が勃発しています。私は第5波を「多様性爆発の大波」と考えています。第5波に起こる多様性の対立や紛争は予測不能で、連鎖反応を伴い各地で同時多発する可能性があり、連鎖反応が連鎖反応を呼び瞬く間にグローバルに波及します。もはや、政治や軍事力では解決困難であるという人類が経験したことがない問題を抱えています。このように、人類の歴史におけるグローバルな次元の大波は、単一化と多様性の対立や多様性間の対立を常に内包しながらも、加速度的に変容し、人類は今経験したことのない多様性爆発の大波に突入しています。それは大変革時代であり、不確定性の時代です。(注釈1)

3.学問・科学技術による「調和ある多様性の創造」

 先ほど現在の多様性基盤は第2波の時代に起こったと言いました。我々人類は言語、人、慣習、宗教等さまざまな文化の多様性を持っています。こういう多様性があるがゆえに我々は心豊かな生活を享受することができますし、多様性の共創により革新的なイノベーションが起こり、人類はここまで発展してきたわけです。しかし、多様性の負の側面として壁の形成があります。多様性は様々な障壁や対立の要因ともなり、紛争や戦争を起こします。言い換えれば、これまでの人類の歩みは、多様性による発展と多様性による対立の歴史であったと言っても過言ではないと思います。
 その中で、今の第5波はこれまでの4つの波とはかなり性格が違うと考えています。人類史上、情報伝達手段や移動手段は徐々に発達し、それに要する時間が徐々に短縮されてきました。情報伝達手段は、人が直接伝達する手段から、のろしや、伝書バト、あるいは早馬や電信などと進化してきました。移動手段も同様に徐々にそのスピードを上げてきました。徐々に進歩してきた情報伝達手段や移動手段がこの数十年の短い期間に劇的に進歩しました。今はインターネットで一瞬にして世界中に情報が拡散します。世界中が航空便で結ばれています。加えて人口密度が上昇しています。今や、地球は相対的に狭くなっています。その中に多様性が凝縮され、その負の側面が優位となり、爆発寸前になっています。この第5波で現実のものとなりつつある「多様性の爆発」は軍事力や政治力も制御できないものであり、第5波は異次元の大波であると思います。
 この時代を人類が生き抜くためには、多様性がもたらす壁、障壁を乗り越える必要があります。これは軍事力や政治力では乗り越えることができない壁です。そこで重要になるのが人類共通言語です。学問や科学技術は、スポーツや芸術・芸能、あるいは経済活動等と並んで、人類共通言語だと思います。人類共通言語により、宗教が異なっていても、言葉や民族が違っていても、我々はコミュニケーションができます。すなわち、人類共通言語は多様性がもたらす壁を乗り越える大きな力を有しています。この人類共通言語による異文化とのコミュニケーション、それを介する異文化理解、異文化尊重は、この多様性爆発の大波を乗り越えるために非常に重要になると思います。この人類共通言語によって多様性の壁を乗り越え、多様性を有する人々とコミュニケーションし、己を磨き、異文化の理解・尊重により「調和ある多様性の創造」をすることが出来るのです。このことが、第5波を乗り越えて人類がさらなる発展を遂げるために、人類に唯一残された道ではないかと思います。
 大学は学問の府であり、人類共通言語である学問や科学技術の中心です。大学が率先して学問や科学技術による「調和ある多様性の創造」を成し遂げなければなりません。このような観点からも、大学改革を考えるべきだろうと思います。さらに、第5波は、大変革時代であり不確実性の時代です。先がどうなるか全く分かりません。今こそ、今まで以上に、広い教養と深い専門性を有し物事の本質を見極めることができるような人材育成と、研究者の発想に基づく学術、基礎研究の重要性が増しています。

4.社会あっての大学、社会のための大学

 明治維新は第4波のグローバル化の波の中で生じた1つの出来事にしか過ぎません。しかし二百五十年間、太平の世を謳歌していた日本にとっては国の命運をかけた大変革期であったことも事実です。第4波の大波に飲み込まれることなく大波を日本が乗り越えることができたのは、「国家百年の計は教育にあり」という考えの下、帝国大学の創設や初等中等教育の整備に対する財政出動があったからです。
 このような歴史の大きな流れの中で、大学の意味や大学改革を考える必要があると思います。「大学は社会あっての大学であり、社会のために大学はある」と思います。昭和22年3月31日にできた学校教育法には、「大学はその目的を実現するための教育研究を行い、その成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする」と明確に定義されています。さらに、この4月から始まりました第5期科学技術基本計画の第7章に、「大変革時代に対応するためには、(中略)大学はその中心的役割を担う存在である。(中略)大学は教育や研究を通じて社会に貢献するとの認識の下、抜本的な大学改革を推進(中略)大学改革の要である学長のリーダーシップ(中略)各大学のミッションに応じた学長選考の実施と、学長人材の育成・確保などを進める必要がある」と記載されています。これを受けて国立大学改革プランが文部科学省から提唱されました。国立大学も自ら変わっていかなければならないということで、国立大学協会も将来ビジョンに関するアクションプランを平成27年9月に発表しています。このような社会背景の中で、大学はどうあるべきか、大学運営はどうあるべきかに関してお話をさせていただきたいと思います。

5.大学の普遍的要素

 まず大学の普遍的要素は多様性と持続性、これに尽きるのではないかと思います。この多様性があるから持続性も担保されますし、持続性があるから多様性を維持する余裕も出てくる。この両方は密接に関係しています。多様性というのは、個々の大学の多様性であり、学部、部局の多様性、さらには教育や研究の多様性です。あるいは人の多様性です。このような多様性を維持することが重要です。この多様性の維持は言い換えれば、教職員1人当たりの活動を最大化するということに尽きるわけです。これが大学運営においては大変重要な基本です。

6.大学運営について~「個」と「組織」の最大化~

 今我々は第5波という、人類20万年の歴史の中で稀に見る大変革期に位置しています。その中で学問の絶えない進歩と変容、異分野融合や細分化が進んでいますし、いろいろな複雑要因が絡む社会の諸課題が噴出しています。それに伴って大学が直面する、例えば少子化、グローバル化、大学ランキングなどの様々な問題があります。このような状況でも、多様な教育研究組織の維持と推進は大学に課せられた大きな使命です。言い換えますと、個の力の最大化です。1人1人の教職員や部局の力を最大化するとともに、多様性を維持することが重要です。
 一方では、大きな社会変革の中で既存の組織の枠を超えた、例えば部局の縦割りや大学の枠組みや既存の学問分野の枠を超えた教育・研究の創出と実践が重要になります。部局横断的な新しい学問領域を開拓するとともに、大学全体の力の最大化を志向する必要性があります。個の力の最大化と組織の力の最大化は、時にはコンフリクトを起こします。大学運営を行っている皆さまは日ごろ痛感しておられるかと思いますが、この点を如何に実現するかが大学運営の難しい点です。
私は、大学本部と部局の間の対立を避けるのではなく、あえて緊張関係を築く必要があると考えています。例えば、学長や大学本部が何もしなければ何の対立も緊張関係もありません。つまり大学は何も変わらない。大事なのは、この緊張関係を対立という構図ではなく大学発展の駆動力、ドライビングフォースに変換することです。これは、口で言うほど簡単ではありません。しかし、これが大学運営の本質です。多様性の壁を乗り越え、対立を調和に変換する、「調和ある多様性の創造」を成し遂げることが大学運営の真髄だと思います。

7.大学運営の要素

 大学運営の要素は何点かあります。大学も企業も同じだと思いますが、組織を運営するためには、理念と志が必要です。例えば世界トップの大学になるという志を掲げても、何のために、どのような理念でその志を追求するのかが重要です。人は理念に共感しなければついてきません。また理念のもとに何を目指すのかという志が必要です。すなわち理念と志は両輪です。志は高ければ高いほど良いのですが、あまりにも非現実的であると、みんながついてこないかもしれません。
 また、理念と志だけではダメです。理念と志を達成するための戦略と戦術がなければ、単に絵に描いた餅で終わってしまいます。これは大学だけではなく、いろいろな組織を運営するためにも重要な事です。
 さらに大学において私が重要だと思うことは対話です。個の力の最大化と組織の力の最大化を行うためにはどうしても対立が起こります。この対立をドライビングフォースに変換することが肝要です。そのために必要なことは、やはり地道に構成員と対話するしかありません。本部と部局や教職員との地道な心を開いた対話という努力が重要になります。それともう一つは恕の心です。これは論語の言葉ですが、相手の立場や心情を察する思いやりの心の事です。この恕の心を持って対話をするという姿勢が大学運営にとって、これは企業も同様だと思いますが、特に重要で、このことによって対立を対立ではなく、ドライビングフォースに変換することが出来ると思います。

8.大阪大学のビジョン〜22世紀に輝く〜

私が大阪大学の総長に就任した時点で、「大学は学問の府であり、学問による調和ある多様性の創造により心豊かな人類社会の発展に貢献する」という理念を掲げました。第5波を見据えた理念です。そして、2031年に創立100周年を迎える時には、世界適塾として世界トップ10の研究型総合大学の仲間入りをするという志をたてました。戦略としては「大阪大学未来戦略(2012-2015)~22世紀に輝く~」を策定しました。引き続き「適塾から世界適塾へ」というキャッチフレーズで「世界適塾構想」を策定しました。また様々な具体的な戦術を考えて実行しました。例えば世界トップ10大学に向けた部局マネジメント指針や、人材育成・獲得支援策、未来戦略機構の設立、未来を志向したポジティブ循環型の財政配分の見直しなど、理念と志を実現するための戦術を実行してきました。これらのことを、対話と恕の心を基本として実行してきました。

9.学長選考:3つの問題点

 大学改革を実現するためにはさまざまな問題点がありますが、今日はその中で、「学長選考が大学改革の要である」という観点から学長選考における3つの問題点を指摘したいと思います。第1点は学長人材の育成、第2点は学長選考方法で第3点は大学人の意識改革です。
(1)学長人材育成
まず学長人材育成についてですが、私が大阪大学総長に就任して1年ぐらい経過したときに、ウラジオストックで開催された環太平洋大学協会学長会議に出席いたしました。会議では45大学の環太平洋地域の学長や副学長らが集まって大学をめぐるさまざまな問題に関して議論しました。ウラジオストックから成田への帰りの機中で会議に参加していたある海外の有力大学学長と隣り合わせの席になりました。2時間ほど話をしましたが、私はまだ総長になって1年目でしたので、「学長の仕事はなかなか大変だ。あなたはどうですか?」と聞きましたら、彼は、「非常に誇りに思っている。これほど素晴らしい職業はない」と言いました。学長は未来をつくる人材を育てる仕事だと彼は言ったのです。私は総長になるまでずっと研究をしていて、3年間医学部長を経験したのち総長になりました。大学運営に関してはまだ未熟な私が大阪大学の総長に就任しました。一方、彼は42歳ごろまでは神経科学の専門家でしたが、理学部長になったのを機に研究者を止め、学部長の任期終了後は他の学部の学部長や他大学の副学長や学長を経験しました。さまざまな大学で大学運営に関与し、3年ほど前に彼の国を代表する大学の学長に就任しました。
 すなわち、彼は大学運営に20年も携わって来た大学運営の専門家という事ができます。これでは日本の大学は海外の大学には対抗できないと思いました。わが国の実情としては、大体の人が学部長に就任しても、2〜4年間の任期が過ぎれば教授職に戻ります。そのため学部長としての経験が大学運営に有効に生かされません。さらに、学部長の任期も2年〜4年なので中長期的な視野に立って学部の運営や大学全体の運営を考える基盤がなかなか醸成されません。
では、大学運営人材を本気で育成するためにはどうしたらいいのでしょうか?私が思いますに、運営に適している学部長経験者については任期終了後に教授職に戻すのではなく、他の学部の学部長や様々な大学の学部長、副学長や学長を経験するなど、大学運営のキャリアパスを日本でも育てる必要があります。昨日まで学者をやっていた人がいきなり大学運営をするのは無理な話です。こういう大学運営人材キャリアパスの制度を確立し、これらの人材が様々な大学の学部長や学長として大学運営に当たることが望ましいと思います。
 平成28年5月9日の日本経済新聞朝刊に、東京大学教授の山本清氏が、「大学のガバナンスを確立するためには、大学経営のプロを育てる大学院レベルの教育プログラムが必要」という意見を掲載されています。山本氏の意見も大学運営のプロを育てるという意味では私の意見と同じだと思いますが、大学院の教育プログラムがどれほど有効かは疑問に思います。やはり40歳ぐらいまで教育や研究に従事した人が、さまざまな大学で学部長、副学長や学長を実際に経験し実践を踏む必要があると思います。
 
(2)学長選考方法
1)学長選考の法的根拠と課題
2番目の学長選考方法についてですが、私立大学は大学によって様々で共通のディスカッションはできませんが、国立大学は国立大学法人法第12条に、「学長の任命は国立大学法人の申し出に基づいて文部科学大臣が行う。前項の申出は、(中略)学長選考会議の選考により行うものとする」と規程されています。この12条が2年前に一部改正されて、2015年の4月1日から施行されました。改正では、学長選考会議の役割がより明確に記載されています。すなわち、「学長選考会議は学長選考の基準を定めることとする。国立大学法人は、学長選考の基準、学長選考の結果、その他文部科学省令で定める事項を、遅滞なく公表しなければならないこととする」とされました。
 確かにこの改正によって学長選考のプロセスが透明化されましたが、依然として様々な問題が残っていると思います。まず学長選考は4年ないし6年に1度しかないため、この間に学長選考会議委員が交代する結果一度学長選考に関与した委員は6年後には誰もいなくなり、未経験者が学長選考を行うということがしばしば起こります。そのため、学長選考会議に学長選考のノウハウの蓄積が行われず、学習効果が発揮されないことになります。さらに選考会議は日常的に学長の活動のチェックや助言活動をしないケースが多く、選考会議が選んだ結果を選考会議自らが検証する事がないため、検証に基づく選考方法の改善が行われることがあまりありません。これでは学長を解任するべきかどうかという適切な判断も出来ません。
 また、多くの大学では意向調査という名の下に大学構成員の投票による選挙が行われています。たとえ選考会議が選挙結果を参考として扱うとしても、選挙の結果が選考結果に重大な影響を与えることは否定できません。これは企業からは、「従業員が社長を選んでいるようだ」と違和感が持たれています。
また、選挙の大きな問題点は2点ほどあります。第1点は、「大学人は自らの専門の研究に没頭する傾向がある」ということです。これは非常に重要なことで、だからこそ高度な教育や研究が可能となり、時にはノーベル賞を受賞するような素晴らしい研究成果も上げることが出来ます。だから大学人が自らの専門に没頭するということは大変重要なことであり、これを尊重しなければ創造的な研究は大学からいっさい生まれません。しかし自らの専門を学長選考に関しては決して反映すべきではありません。第2点は、大学人は大学全体より自らが属する部局を重視する傾向があることです。大学人といっても、みんな人間ですので、自らが属するグループ、集団を重視し、大学全体よりも自らが属する部局の利益を優先して投票する傾向があります。さらに、大学の組織改革に関して保守的になりがちです。現状維持が一番心地よく、「現状で私はよく研究をし教育もしている。大学本部が現状を変えてくれたら、雑用が増えるだけだ」と思う傾向があることは否めません。
 そのため、選挙は必ずしも大学全体の発展を考慮した結果になるとは限りません。このように、大学人による学長選挙は構造的問題を抱えています。かといって、右に倣え、あるいは上からの命令に従う人ばかりが大学人であれば、決して創造的で革新的な学問は生まれません。我が道をいくというのが大学人なのです。最大の問題は、学問の自由と大学運営を混同して同じ土俵で論じていることです。もしも、これらを大学人が明確に切り離すことが出来れば選挙はやってもいいと思いますが、それには大学人の意識改革が必要です。
 学長選考方法に関して、国際基督教大学理事長北城 恪太郎氏は、平成28年2月29日の日本経済新聞朝刊に「日本の国立大学も学長選考会議の学外委員を3分の2程度に増やし、学内の意向ではなく学外委員の幅広い視野で最適な人材を学長に選び、そうして選ばれた学長が理事や副学長、学部長を学内外から指名して教育研究を進める仕組みに変えていかないと国際競争に勝ち残れない。」と論じておられます。

(3)大学人の意識改革
 私は大学改革の核心は大学人の意識改革だと思います。これさえできれば学長選考も健全に機能します。大学を良くするのは構成員1人1人の努力であって、決して学長1人で出来るものではありません。いくら学長1人が頑張ってもダメで、構成員1人1人が大学を良くする努力をしなければいけません。そして、大学は社会のためにあるという原点を忘れてはなりません。また大学構成員は自らが属する部局や専門領域のみならず、大学全体のことを考えて、組織としての大学力を最大化するために学長と共に切磋琢磨するという姿勢が重要です。このような意識改革なくして大学改革は進みません。いくら学長人材のキャリアパスが確立されても選挙によって学内外から最適任者が学長に選ばれる可能性は低いと言わざるを得ません。たとえ最適任な学長が選ばれたとしても大学人の意識改革無くして大学改革は進みません。逆にこの意識改革さえ出来れば、大学は自ずとよくなっていくと思います。
 滋賀大学学長の佐和隆光氏は、平成28年3月28日の日本経済新聞朝刊に「国立大学の学長選考について有識者が多い大規模学部が有利になる弊害を指摘されています。全学的視点で選考する意識改革の徹底を前提に投票を行うことが望ましい(中略)如何にして公正と透明性の担保された学長選考を実施できるかは、極めつきの難問である」と書いておられます。すなわち、全学的な観点から選考する意識改革、これを前提にすれば選挙は健全に機能するはずだが、現状の選挙というのは先ほど述べましたように様々な問題を抱えています。佐和学長はそれを端的に指摘され、大学人が「全学的視点で学長を選考する意識改革の徹底を前提に投票を行うことが望ましい」としながらも、これは極め付けの難問であると論じておられます。

10.学長選考会議の改革

以上、3つの問題点、学長人材育成、学長選考方法、大学人の意識改革を指摘しました。この中でまず大学人の意識改革というものは極めて難しいと思います。今日から始めても明日から変わるものでは決してなく、大変時間がかかると思います。また、学長人材育成も同じく時間がかかります。
 そうすると最後に残されたのが学長選考方法です。これを改革か改善することが緊急の解決策となります。

(1)学長選考会議のあるべき姿
 では、学長選考会議はどうあるべきかについて述べたいと思います。まず第1点は、大学は社会のためにあるという認識が大事です。特に国立大学においては、当該大学の構成員の都合のみで学長選考や大学運営がなされるべきではない。第2点は、学長選考は公的なものであり、社会の意見も反映できるものであること。第3点が、世界も含めて学内外から学長候補を探し出す能力と、当該大学に最もふさわしい学長を選ぶことができる能力を有した専門集団であることです。
次に、学長選考会議の役割ですが、第1点は、学内外からその大学にふさわしい学長候補者を探し出すこと、第2点は候補者の中から最もふさわしい人材を選ぶこと、第3点は選んだ学長の活動を常に見守り、必要に応じて助言をすること、そして第4点は必要とあれば自ら選んだ学長を解任すること、この4点が学長選考会議の主な役割だと思います。

(2)提案1:第三者的な学長選考会議の創設
 以上の考えのもとに学長選考について2つの案を提案したいと思います。1つは、最も革新的な提案ですが、現状では容易には受け入れられない提案です。これに対して、現実的な第2案も提案します。
 第一案は、第三者的な学長選考会議の創設です。
㈰	構成員
委員長、常勤の委員、人材データベース作成や候補者の経歴や実績等から大学運営能力を客観的に分析する専門調査員、外部有識者、選考する大学の意見を聞くために当該大学から選出された委員。
②役割
 同じ類型や同じ地域等の大学群(おおむね5~10大学)の学長選考。学内外から当該大学にふさわしい学長候補者を探して選考する。学長のヒアリングと意見交換を定期的に行う。必要に応じて学長の解任を行う。
 以上のことを図にしますと、選考会議(委員長、常勤委員、専門調査員、外部有識者、当該大学選出委員から構成)が、例えば、7つの大学から構成されるグループを学長選考するとします。そうしますと1年目はA大学の選考を行いA大学から大学選出の委員が参加する。2年目はBの大学の選考委員が参加してBの大学の選考をする。3年目はC大学とD大学と両方の学長選考するといったように、常に学長選考をします。
そしてその間、選考だけではなくて各々の大学学長との意見交換をし、学長に助言を行ったり必要に応じて解任も行います。学長人材調査や人材リストも作成して行きます。また、自分たちが選んだ学長は本当に良かったかどうか、自らの選考結果を検証したり選考方法の検証や改善を検討していきます。このようにすれば、学長選考に関しての学習効果があがり、より良い学長選考が出来るようになります。
 現状のように、学長選考会議が一度選考を行うと次の学長選考までの期間休眠することなく、恒常的に活動しているということになります。このことにより、学習効果だけではなく学長人材リストを蓄積していくことが可能となります。これは長い目で見れば学長人材キャリアパスの構築にも非常に良い影響があると思います。この第一案はなかなか良いと思うのですが、現状の日本の大学に導入することは大変だろうと思います。もし国立大学に導入するなら、まずは将来導入される予定の指定国立大学法人に導入すれば良いのではないかと思います。

(3)提案2:学長選考会議連絡会の創設
第1案は無理にしても第2案ならすぐにでも実現出来ると思います。
例えば国立大学や私立大学の学長選考会議の代表者が集まる連絡会をつくるのです。そしてこの連絡会で、各大学の学長選考の方法やどのような学長人材がいるかなどの情報交換や意見交換を行います。あるいはもっと踏み込んで、学長人材のリストを共同で作成することも可能かと思います。これらの情報を大学に持ち帰って各大学の選考会議が学長選考を行う。全国の大学の連携でなくとも、国立大学協会所属大学や、10大学ぐらいが話し合って連絡会議を設けることは可能だと思います。この案だと、各大学の選考会議の自主性は担保されます。お互いが情報交換をするので、それぞれの大学の選考方法が明るみになります。お互い相手の大学の良い点を自分のところに取り入れることにより、学長選考方法の改善もなされ、その結果、人材リストもできていく。そして、それはキャリアパスの構築にもつながると思います。

11.最後に

 繰り返しになりますが、人類は今第5波に突入しています。それは我々が想像もしていないような多様性爆発の大波です。大変革期、不確定性の時代でもあります。それは戦後70年というようなレベルの変化ではなく、人類の歴史20万年の中で5回目の、わずか5回しか起こっていない大きな変化です。大学改革は緊急の問題です。「大学は社会のためにある」、「自らの大学は自らが改革していく」という大学人の意識改革や学長人材の育成が非常に大事になりますし、とりあえず目の前でまず出来る学長選考の改革を行うことが重要だと思います。
 世界中から日本に多様な人が訪れ、そして日本で学んだ人が世界に広がり活躍する。そして、この学問という人類共通言語を介して多様な人々がコミュニケーションを図り、異文化を理解し、尊重し、そして多様性の壁を乗り越えて「調和ある多様性を創造する」ことが人類の未来にとって決定的に重要です。そういう意味で私は今こそ「世界に開かれた大学、世界に貢献する大学」へと、日本の大学が変身していかなければならないと思います。
現在、大学はさまざまな問題を抱えています。それぞれの問題が重要で且つ、互いに密接に連携し合っています。これらの中でも大学改革の要である学長選考に焦点を当ててお話をさせていただきました。ご静聴ありがとうございました。
   (本稿は大学経営研究会(旧U-ma21)総会記念講演会(2016年6月9日開催)の要約です。文責:編集部)

注釈1:この講演を行って2週間後の6月23日に国民投票でEUを離脱するという結論をイギリスが下したことも、多様性爆発の大波の中で起きた1つの現象に過ぎない。

図:第3者的な学長選考会議の概略図