新型コロナウイルス感染症
に対する提言2021
 
新型コロナウイルス感染症に対する提言2021
令和3年5月28日 


新型コロナウイルス感染症は、またたく間に世界に拡散した。世界は今、第二次世界大戦以降最大の危機に直面している。日本の医療、経済、文化、教育、社会を早急に再生しなければならない。そのための最優先事項は、希望する国民すべてにワクチン接種を可及的速やかに完了することである。さらに、有事に対応できる医療と社会の再構築が必要であり、政府、自治体、経済界、学術界や医療界が連携し、国民が一丸となり取り組む必要がある。
ここに我々は3つの提言を行う。

提言1:10月末までに希望する国民全員にワクチン接種完了
提言2:感染症危機事態に対応可能な医療体制・社会体制構築
提言3:将来に備えた危機管理・研究基盤体制の構築

変異ウイルスの出現により高齢者のみならず若年者の重症化例が増えつつある。呼吸器疾患は一般に冬季に流行し易い。冬季までに、集団免疫を獲得して感染症に強い社会を構築するためにも65歳未満の人へのワクチン接種も高齢者への接種と並行して可及的速やかに開始する必要がある。

以上の観点から、提言1を最優先事項として提言するとともに、そのための具体案を提示する。すなわち、現在の「複線経路;政府から自治体、政府から自衛隊の2経路」を、複々線化し高速道路並みにスピードを上げることにより冬季に入る前に集団免疫を獲得する。



提案者名(五十音順)
現在の国家的危機に鑑み、個人の立場で本提言をするものである。
青木玲子 (経済学、一橋大学名誉教授)
安藤忠雄 (建築家)
稲葉カヨ (免疫学、京大名誉教授、元免疫学会理事長)
大隅典子 (分子生物学、東北大学副学長)
大隅良典 (細胞生物学、東京工業大学栄誉教授)
大竹文雄 (経済学、大阪大学特任教授、元阪大副学長)
大津欣也 (循環器内科学、国立循環器病研究センター理事長)
小川久雄 (循環器内科学、熊本大学学長)
垣添忠生 (泌尿器外科学、国立がんセンター名誉総長)
久間和生 (電子工学、農業・食品産業技術総合研究機構理事長)
熊ノ郷淳 (呼吸器内科学、大阪大学医学研究科長・医学部長)
小安重夫 (免疫学、日本免疫学会理事長)
里見 進 (消化器外科学、前東北大学総長)
谷口維紹 (分子免疫学、東京大学名誉教授)
土岐祐一郎(消化器外科学、大阪大学医学部付属病院長)
徳久剛史 (免疫学、前千葉大学学長)
朝野和典 (感染症学、地方独立行政法人大阪健康安全基盤研究所理事長)
永田和宏 (細胞生物学、京都大学名誉教授、元日本細胞生物学会会長)
野依良治 (化学、名古屋大学特別教授、前理化学研究所理事長)
福田秀樹 (生物化学工学、元神戸大学学長)
濱口道成 (腫瘍生物学、前名古屋大学総長)
原山優子 (東北大学名誉教授)
平野俊夫 (免疫学、前大阪大学総長)
松永 是 (生命工学、元東京農工大学学長)
湊 長溥 (免疫学、京都大学総長)
宮坂昌之 (免疫学、大阪大学名誉教授、元日本免疫学会理事長)
宮田亮平 (金工作家、前文化庁長官)
森 重文 (数学、京都大学高等研究院 特別教授)
柳田敏雄 (生物物理、大阪大学栄誉教授)
山極壽一 (人類学、前京都大学総長、総合地球環境学研究所長)
山口佳三 (数学、元北海道大学総長)
山本廣基 (農薬環境科学、微生物生態学、(独)大学入試センター理事長)
米田悦啓 (細胞生物学、大阪大学名誉教授)
渡辺すみ子(分子生物学、東京大学特任教授) 



提言1
10月末までに希望する国民全員にワクチン接種完了

新型コロナウイルス感染症に関しては、当初はワクチンも治療薬も存在しなかった。そのような状況下では検査体制整備と感染者隔離などの公衆衛生学的対策と医療体制整備が最優先事項であった。一年以上経過した現時点では、既存の治療薬である程度有効な薬剤はあるが、残念ながら画期的な治療薬の開発には至ってはいない。
しかし、幸いなことに長年にわたる基礎研究の成果により、予想を遥かに超えて人類は短期間にワクチン開発に成功した。この成果を最大限享受しなければならない。
すなわち、ワクチン接種を可能な限りスピードを上げて推進することが、最優先事項となる。現に、ワクチン接種が進んだイギリスやアメリカ、さらにはヨーロッパでは社会活動が再開されつつある。
日本では7月末までに高齢者全員のワクチン接種完了を目指して、政府、自治体、医療界が一丸となりワクチン接種が全力をあげて推進されている。また政府の英断により自衛隊による大規模接種センターが設立され、5月24日からワクチン接種が始まった。しかしながら、現在進められている7月末までの高齢者のワクチン接種完了という目標はあくまでも通過点である。変異ウイルスの出現により高齢者のみならず若年者の重症化例が増えつつある。呼吸器疾患は一般に冬季に流行し易い。事実、第3波は冬季に生じた。また、集団免疫を獲得して感染症に強い社会を構築し、社会を正常化するためには65歳未満の人へのワクチン接種も速やかに開始する必要がある。
以上の観点から、冬が始まる10月末までに12歳以上(ファイザー社)、18歳以上(モデルナ社)の全国民へのワクチン接種を完了することを最優先して推進する必要がある。その上で、16歳未満へのワクチン接種も可及的速やかに推進していく必要がある。
目標達成のためには、スピードが重要で、10月末までのワクチン接種完了という戦略目標に向けて戦術を立てて臨むべきである。現状の、政府から自治体、政府から自衛隊の2つの経路に加えて、例えば、①政府から企業、②政府から医療機関と連携できる大学などの教育・研究組織、③政府から自衛隊、警察庁、消防庁などの組織への別経路を新たに設けてスピードアップを図る必要がある。目標達成のために最大限の人的資源や組織を投入すべきである。目標達成によって社会経済活動の再開が確実に早期化されるので、非常に収益率の高い公的支出である。

ワクチン接種のスピードアップのための具体案

1)	会場で余ったワクチンは年齢制限や予約なしでワクチン会場の運営者や高齢者の付き添い人、あるいは会場周辺で待機している人などに接種するなど、可能な限り柔軟な運営を行う。

2)	現在自治体が中心となって進めている接種計画(高齢者→65歳未満の基礎疾患を有する人→65歳未満の人)については、様々な改善を行いながらスピードを速めて当初の方針に沿って継続する。このルートでは、原則として全ての医師会会員のクリニックの協力を強く要請する(補足説明1-1参照)

3)	政府と自衛隊が運営している大規接種会場は、65歳以上の接種終了後も本提言の目標達成まで継続する。

4)	上記2と3の自治体や自衛隊の経路とは別に、つぎの3つの独立した接種経路を設け、年齢制限なしに可及的速やかにワクチン接種を開始する。
①政府から、企業向け経路(例えば各地域の経済団体単位):産業医などにより従業員や家族を対象にワクチン接種を開始する。
②政府から、医療機関(大学病院など)と連携できる教育や研究機関向け経路:大学病院などで、職員や学生を対象にワクチン接種を開始する。
③ 政府から自衛隊、海上保安庁、警察、消防庁などの経路:当該機関で職員や家族を対象にワクチン接種を開始する。

5)	地域の公立病院、大学病院に地域住民用のワクチン接種を要請する。

6)	ワクチン接種者の不足を補うために、歯科医師を動員するとともに、救急救命士と臨床検査技師を特例で認める方向にあることは政府の英断である。さらに必要なら、薬剤師、獣医師、医学部学生(補足説明1-2参照)などが接種できるようにすることも考えられる(補足説明1-3/4参照)。

7)	ワクチン接種の際、薬剤師や看護師が問診を最初に行い、その結果問題のある人を対象に医師が行うことを可能とする(補足説明1-5参照)。

8)	その他、補足説明事項の海外からの視点参照


提言2
感染症危機事態に対応可能な医療体制・社会体制構築

ワクチン接種が10月末までに完了すれば、流行の波は避けることが出来る。少なくとも低く抑えることが可能と考えられる。しかし、ワクチンの効果を減弱あるいは無効化する変異株の出現など危機管理の原則は最悪の事態を想定して準備しておくことである。感染症に対する対策の大きな柱は医療体制と検査体制の整備である。
新型コロナウイルス感染症は、空気感染対策を執るべき感染症ではなく、飛沫、接触感染対策と換気によって対応可能な感染症である。人工呼吸器管理やECMOを使用する重症患者の診療には十分なスタッフと感染対策が必要であり、空間を区切った集中治療室における診療が適している。2:1看護を行うことのできる集中治療室の数は限られており、大阪府などでは第4波において、確保病床の2倍の重症患者に対応するために手術や救命救急を停止して対応することを余儀なくされた。また、中等症を診るべき病院でも重症化した患者を継続して診療することも起こった。第4波における大阪での経験に基づき、第5波ではさらなる変異株の流行による第4波の2倍の感染者数を想定し、以下の提言をする。

1)	検査陽性者を適切な医療につなげるため、保健所の職員を増員する。

2)	施設や在宅で療養する軽症患者の管理は、地域医師会が中心となりオンラインや訪問診療を実施する。

3)	軽症・中等症の患者は病棟単位で専用化し、原則一般病床を有するすべての病院が担当する。

4)	集中治療に用いる空間分離可能な病床の数を増やし、そこで働くスタッフの養成、機器の補充を行う。そのための病床の整備を進める。

5)	重症患者診療の経験の共有のために重症を診療する病院間のオンラインカンファランスや人材の交流を推進する。

6)	都道府県をまたいだ重症患者治療の全国的枠組みを構築する。

7)	院内感染の予防のために、新型コロナウイルス感染症を診療する病院は、感染防止対策加算の取得を義務付け、診療報酬に反映する。

8)	新型インフルエンザ等用に行われているプレパンデミックワクチンの製造と抗インフルエンザ薬の備蓄を中止し、計画分も含めその財源を新型コロナウイルス感染症診療用の医療体制整備に充てる(補足説明2-1参照)。

9)	変異株の遺伝子モニタリングを国立感染症研究所に集中するのではなく、各自治体で解析できるように機器と人員を配備する。全国の状況を把握できるように結果は感染研などに集約する。


提言3
将来に備えた危機管理・研究基盤維持体制の構築

人類の歴史は感染症との戦いの歴史であり、今後もこの戦いは続き、新規感染症や、気候温暖化によるマラリアなどの熱帯地域特有の感染症が地球規模に広がる可能性もある。また、感染症に限らず放射線や自然災害などは、安全保障の問題に関わり、これらに対する危機管理はますます重要となる。

1)危機管理センター(仮称)の設立:感染症、放射線、自然災害などの国家レベルで、行政・組織の縦割りを超えてリスク管理を一元化する必要がある。

2)感染症センターの設置:危機管理センターの下に、感染症センター(仮称)や高度被ばく医療センター等を設立する必要がある。

3)Chief Medical Officerの設置:常時、政府に対して医学的観点から政策助言をおこなうアドバイザーが必要である。

4)将来を見据えた感染症センター:感染症センターでは、感染症や免疫学の基礎研究や疫学研究、基礎と臨床の橋渡し研究、新しいワクチン開発のための研究開発、リスク評価に基づく人々の行動変容に関する研究、医療資源の配分や個人情報の活用に関する研究など総合的な研究体制、検査体制、調査体制、総合対策体制を整備し、常時国内のみならず世界に目を向けて活動し、素早く新規感染症の流行の兆候を把握するとともに、感染症が発生した際には抜本的な対策を立てる。既存の国立感染研究所などを再編・統合することも含めて検討する必要がある。

5)感染症病棟の拡充:国立病院機構や公立病院を中心に旧結核病棟を感染症病棟として復活し、平常時は必要に応じて一般病床として運用し、非常時には感染症専用病棟に切り替えられる体制を確立する必要がある(補足説明3-1参照)

6)感染症分野の基礎研究の充実:近年、先進国では生活習慣病やがんなどの疾患が主となり、感染症は省みられることが少なくなっていた。しかしながら、新型コロナウイルス感染症で明らかになったように、現代社会において感染症は大きな影響をあたえる。そして将来にわたり感染症との戦いは継続すると考えられる。したがって、細菌学、ウイルス学や免疫学など感染症関連の基礎研究を拡充し、将来必ず現れる新規感染症に備える必要がある。 感染流行収束のための大きな鍵はワクチン開発と治療薬の開発である。将来の感染症対策の観点のみならず、安全保障の観点からもmRNAワクチンなどの先端的なワクチン開発を国内で推進することが重要。国主導で可能な限り多くの製薬企業や研究機関に参加を促進する。また、治療薬のみならず、ワクチン開発においても基礎研究は重要である。今回のmRNAワクチン開発も長年にわたる基礎研究の成果である。治療薬や先端的ワクチン開発のためにも、上述したように、基礎研究や橋渡し研究が引き続き必要でありそのための枠組みを作る必要がある。

7)感染症医学を担う人材育成:疾病構造の変化により、感染症の研究者も医師も少なくなっている。感染症と戦うためには、感染症学分野の人材育成が急務である。


補足説明事項

提言1
1-1)現在のワクチン接種がたとえ完了したとしても、変異株の出現を含め終生免疫は期待できないであろう。毎年のワクチン事業の整備や継続性の観点から地域に根差した医師会の全面的な協力が必要であり、原則全ての医師会員のクリニックで接種可能にする。
1-2)現在の法律のもとでも医学部学生は指導医の監督のもとに筋肉注射などの医療行為をすることができるし、現に医学生教育においては実施されている。
1-3)全国の大学病院から医師が毎日50人、週末100人が参加して、いろいろな接種会場で一人が40人注射すれば、80大学で1ヶ月600万人打てる。全国10万の診療所が、週に1回休んで一日40人打てば1か月で1600万人、約4000ある病院が、毎日50人打てば、1ヶ月で(土日も入れて)600万人打てる。合計すると月2800万人となり、5ヶ月で1億4000万回、7000万人分の接種が可能。この2倍の人員を動員すれば1億4000万人分の接種が可能となる。
1-4)クリニック開業医10万人、勤務医17万人、歯科医師10万人、看護師160万人、合計197万人で、約200万人となる。接種対象者を1億700万人(65歳以上3600万人、15−64歳人口約7400万人)とすると、2億2千万回の接種が必要。一人が5ヶ月間で110回接種すれば(月に22回)目標を達成できる計算になる。
1-5) 医師以外が問診することは現状では法的な壁がある。一時スクリーニングをコメディカルがして問題例のみ医師が見ることができるように、時限的な規制改革(緩和)をする必要もある。


(海外からの視点)医師を打ち手にするのは医療資源をさくことになり、薬剤師にも打ち手に参加してもらうのが得策である。イギリスでは法律を改正して講習を受けた一般人でも打てるようにした。年齢による優先順序に加えて医療崩壊を防ぐためにも重症化しやすい合併症のある患者や妊婦は優先に接種すべき。イギリスでは三回目の接種が秋から開始予定である。



提言2
2-1)新型インフルエンザ等対策は、これまでインフルエンザを対象とし、流行を予測してワクチンを(最初H5N1、平成30年にH7N9に変更)作り備蓄しておくという考え方である。その背景は「パンデミックワクチンの開発・製造には発生後の一定の時間がかかるため、それまでの間の対応として、医療従事者や国民生活及び国民経済の安定に寄与する業務に従事する者等に対し、感染対策の一つとして、プレパンデミックワクチンの接種を行えるよう、その原液の製造・備蓄(一部製剤化)を進める」ということである。薬剤やワクチンには使用期限があり、蓄えながら一方で廃棄をしてきた。mRNAワクチンの登場で、短期間にワクチン開発・製造は可能になった。もはやインフルエンザ以外の様々な感染症パンデミックを考えるべき時で、これまでの方針を転換すべき。

提言3
3-1)大阪を例に挙げると、国立病院機構(刀根山医療センター、国立胸部疾患センター)や府立病院機構(羽曳野医療センター)などの呼吸器専門施設を中心に旧結核病棟を感染症病棟として復活し、平常時は必要に応じて一般病床として運用し、非常時には感染症専用病棟に切り替えられる体制を確立する必要がある。このことは結核との歴史を見れば明らかである。戦前・戦後結核が大阪で大きな問題になったため、十分な医療費と十分な病床補助とペアの形で刀根山、近畿堺、羽曳野などの呼吸器専門病院ができた。結核が制圧されるにつれ(結核病棟は縮小・廃止となり)、代わりに慢性の呼吸器疾患、肺がん、呼吸器管理へとシフトしていった。しかし、これらの呼吸器疾患は(診療単価の低い)慢性疾患でもあるため、今の医療単価など収益と効率を優先する時代の中で羽曳野医療センターが総合病院化へシフトするなどの時代の流れがあった。
しかし、感染症は数十年ごと、あるいはこの現代社会にておいては数年単位で襲来すると予想される。歴史をなぞりながら、「結核対策」⇒「新興感染症対策」に置き換える形で、十分な診療単価と病床補助をつけ、このような既存の施設を「新興感染症対策」としてしっかり強化・充実させ「呼吸器・感染症」の専門家を育成し、各病院へ配置していく必要がある。このような方策をとれば、新たな感染症専門施設を作る際の「空床問題」「新たな感染症専門医療スタッフの招集・雇用」の問題もクリアできるのみならず、遠隔医療や各施設で感染症治療を差配する専門医の育成・輩出の場ともなる。