世界の感染者数は2800万人を突破し、死者の数も90万人を突破した。日本でも7.5万人が感染し死者の数は1400人を超えたが、人口100万人当たりの死者の数は世界平均の100人前後や欧米の数百人に比べると10人前後であり、日本を含むアジアでは感染しにくく、かつ重症化しにくいという状態が続いている。しかしながら世界全体を俯瞰すると深刻な状況が続いていることには変わりない。また今後ウイルスに変異がおこり強毒化する可能性は否定できない。
このような状況ではあるが、COVID-19に関しては明るいニュースもふくめて様々なことが明らかになってきた。50歳以下の人が重症化するリスクは非常に低く、感染者の80%以上は無症状か軽症で治癒する。また高齢者や肥満者や喫煙者、あるいは糖尿病や循環器疾患などの基礎疾患を有している人を中心に重症者の約20~30%が血栓を伴う重症肺炎や多臓器不全になり命を落とす。すなわち、高齢者や基礎疾患などを有するハイリスクな人への感染を防ぐことと、重症化を防ぐことが最重要課題である。
有効で安全なワクチンが世界に普及することが根本的な解決への道であり、世界中でワクチン開発が急ピッチで進行している。しかし先頭を走っているイギリスの製薬会社が臨床試験を一時中断したように、ワクチンの開発は容易ではない。ウイルスの増殖や感染を阻害する薬剤の開発も進んでいる。また、治癒した人の血液に存在するウイルスに対する抗体が有効であることも明らかにされ、人工抗体の開発も進んでいる。細胞への感染に必要な酵素の阻害剤や、ウイルス受容体への結合を抑制する化合物の開発も進んでいる。重症化は免疫の暴走であるサイトカインストームで起こる。免疫抑制剤であるステロイド製剤やサイトカインストームに効果があるとされるインターロイキン6(IL−6)の阻害薬(商品名アクテムラ)が有効であるという結果も報告されている。また、炎症を引き起こすレニン・アンジオテンシン系の阻害薬(高血圧の治療薬)が重症化阻害に有効であることも報告されている。このようにCOVID-19に対するワクチン開発や治療方法に明るい話題が増えてきた。
さらに、致死率は当初考えられていた約5%よりも低いと考えられる。抗体検査の結果から、おそらくPCR検査で確定された感染者数より、実際は10〜50倍は多いと考えられているので、致死率は当然10分の1〜50分の1となる(0.5%~0.1%)。また、集団免疫閾値(集団の何%が免疫を獲得すれば感染流行が収束するかの%)も当初60%と考えられていた。しかし、その算定根拠である基本再生産数(一人の感染者が感染させることができる人数)は、1)ウイルスの性質、2)感染される人の遺伝的要因や免疫的要因、3)社会的要因の3つで決まるのであり、ヨーロッパのそれと日本のそれは異なるし、都会と農村地域でもことなる。集団免疫閾値が低ければ、予想される死者の数は少なくなる。また免疫反応はウイルスが侵入して直ちに反応する自然免疫と、遅れて反応する獲得免疫があり、感染することにより生じる獲得免疫だけを考えると集団免疫閾値が高くなり、予想される死者の数も多くなる。獲得免疫は免疫記憶を有しており、同じ病気には2度はかからないか、罹っても軽くて済む(ワクチンは獲得免疫を利用する)。一方、自然免疫は病原微生物の種類に関係なく素早く反応できるが免疫記憶は有していない。しかし、BCG接種などで本来の病原菌とは関係ない病原微生物に対する自然免疫反応が強くなる現象が報告されている(訓練免疫とも呼ばれている)。仮に集団免疫閾値が60%であれば、自然免疫と獲得免疫を合わせた免疫力と他の遺伝的要因とを合した「病原微生物に対する総合抵抗力」を、集団の60%の人が獲得していれば良く、感染し獲得免疫を有する人が60%に達する必要は全くない。
アジア人が新型コロナウイルスに感染もしにくく、重症化もしにくいのか?その理由としては、1)ウイルスの違い、2)遺伝的要因、3)自然免疫、4)免疫交差、5)社会的要因などが考えられる。遺伝的要因として日本人やアジア人はアンジオテンシン変換酵素(ACE)発現が少ない遺伝子を有する人の割合が多いことが報告されている。また、免疫応答遺伝子がアジア人ではコロナウイルスに強く反応するタイプである可能性もある。BCGは上述したように自然免疫を高めるし、現に例外はあるもののBCG接種國では感染者数や死者の数は少ない。アジアでは風邪コロナウイルスや類似のコロナウイルス感染流行が持続していた結果、免疫交差(他のコロナウイルスに対する免疫記憶が弱いながらもCOVID-19ウイルスに対しても反応する)を有している人の割合が高い可能性もある。さらに衛生習慣や人と人との濃密な接触が少ないという社会的要因も考えられる。おそらく以上の複合要因の組み合わせの結果COVID-19に関しては欧米人よりはアジア人の方が感染も少なく重症化も少ないのではと考えられる。したがって、将来生じる新たな感染症に関しては逆になることもあり得る。このように感染症はその地域の過去の感染症の歴史や社会要因が反映される。
このように、COVID-19は、日本を含むアジアの人々にとっては当初考えられていたほどの脅威はないかもしれないが、今後強毒化する可能性もあるので油断は禁物である。ワクチンや有効な治療薬が開発されるまでは、1)で感染防御(手洗い、マスク、3密回避など)、2)ウエブ会議や在宅勤務の推進、3)接触確認アプリであるCOCOAの有効利用、4)高齢者やハイリスクの人への感染防御対策、5)医療関係者や高齢者施設関係者への定期的な検査、6)重症者に対する医療体制整備、などを重点的に推進することにより、社会活動を限りなく正常化することは可能であると考えられる。政府としては、感染症対策の基本中の基本である医療体制と検査体制の整備を粛々と進めてほしい。また、過去の経験を今回こそは生かし、危機管理センターを設立するなど、将来に備える政策を実行してほしい。
〜桃陰だより37号寄稿文より、一部抜粋