第5報: COVID-19が普通の風邪になる日
なぜCOVID-19はこれほど恐れられているのか
〜過度に恐れる必要はないが、決して敵を甘くみてはいけない!〜
平野俊夫、2020年4月22日
イタリアやニューヨーク市の医療崩壊の様子を見ていると社会に恐怖が走り都市封鎖にも市民はじっと耐えている。日本でもついに緊急事態宣言が全国を対象に発出された。5月6日まで日本全体が人と人との接触を8割削減するという目標のもとに冬眠モードに入っている。COVID-19の流行収束までには集団免疫学的観点からはどう考えても2−3年を要する。
COVID-19は80%の人は症状がないか軽症で治癒する。15%は重症の肺炎になり、5%はさらに重症で致死的な急性呼吸器不全症候群(ARDS: Acute Respiratory Distress Syndrome)となり死に至る。しかし、COVID-19に罹患してもほとんどの人が死亡することがなくなればどうだろうか?
重要な点は20%の感染者におこる肺炎、特にARDSを治療することが可能になればCOVID-19による死亡者が激減する。そうなればCOVID-19もただの風邪、あるいは季節性のインフルエンザ並みになると考えられる。すなわち社会が冬眠状態に陥らなければならないほどの脅威はなくなる。ただの風邪である。
どうすればCOVID-19がただの風邪になるのだろうか?
答えは治療薬の開発である。新聞やテレビ番組などで治療薬に関する解説が行われている。その中で、喘息のくすりや、エボラ出血熱の薬、あるいはリュウマチ薬などが有効かもしれないと報じられている。一般の皆さんにはリウマチの薬がCOVID-19 (新型コロナウイルス感染症) に効果があると聞いて奇異に思われる方が多数おられるのではないかと思う。COVID-19治療薬の現状を簡単に説明したい。
治療薬は大きく2つに分類できる。
すなわちウイルスの感染や増殖を抑制する抗ウイルス薬と致死的な急性呼吸器不全症候群(ARDS)の治療薬の2種類である。これらは作用機序や投与時期は異なる。
抗ウイルス薬があれば、重症の肺炎になるリスクは減少し致死率も減少する。またARDSの治療薬があれば致死率を激減することが出来る。第4報で詳述した抗IL-6受容体抗体製剤(商品名:アクテムラ、関節リュウマチなどの治療薬として臨床で使用されている)はARDSに有効であると考えられている。
全く新しい治療薬の開発には通常5年ないし10年は要する。現在最も期待されているのは、リュウマチ治療薬などの既存の治療薬のCOVID-19への転用である。実際、中国で先行した臨床現場でのインフルエンザやエイズ治療薬が一定の効果があったと報告されており、現在世界中で可能性のある既存の様々な治療薬の臨床試験が進められている。これらの結果は今年の夏から年末にかけて判明する予定なので、もし有効な治療薬が見つかれば、早期にCOVID-19に歯止めをかけることが可能となる。
抗ウイルス薬
1)ウイルス感染阻害
ウイルスが感染するためには、細胞表面に存在する何らかのタンパク分子に結合する必要がある。この分子をウイルスの受容体という。例えば新型コロナウイルスの受容体はACE2(アンジオテンシン変換酵素2)である。ACE2は体の中では血圧の調節をしている重要な酵素であり、ウイルスのために存在するのではなく、ウイルスが勝手に利用しているだけである。
新型コロナウイルスはコウモリのコロナウイルス由来だと言われているが、実際の細胞を使用した研究では、コウモリのACE2にも結合するが人間のACE2にも結合する。しかしネズミのACE2には結合しないので、ネズミには感染しないと考えられる(最もACE2以外にも受容体として働く分子が報告されているので、本当にネズミに感染するか否かは不明である)。エイズウイルスは一部の人には感染しないことが明らかにされている。このような人ではエイズウイルスが受容体として利用する分子の一部が変異しておりエイズウイルスが結合できない。
このようにウイルスの受容体はウイルスが感染するには大変重要である。例えばウイルスと受容体の結合を阻害する分子はウイルスの感染を阻止できるので抗ウイルス薬となる。例えば新型コロナウイルスに感染して治癒した人の血清中にはウイルスがACE2に結合するのを阻止することができる抗体が存在することが報告されている。すなわち患者血清中から分離した抗体を治療薬として使用する研究開発はすでに始まっている。
さらに、ウイルスが受容体に結合したのち、ウイルスのスパイクタンパクと呼ばれている分子が細胞膜に存在する酵素で切断される必要がある。この酵素の阻害剤(ナファモスタットやカモスタット)がすでに膵臓炎の治療薬として使用されており、新型コロナウイルスにも効果がある可能性がある。
2)ウイルス増殖阻害
細胞に侵入したウイルスが増殖するためにはRNAの複製が必要となる。インフルエンザ治療薬として開発されたアビガンやエボラ出血熱の治療薬として開発されたレムデシビルなどが、現在臨床試験中である。
またエイズ治療薬として開発されたカトレラはウイルスの増殖を抑えることができるプロテアーゼ阻害剤で、これも臨床試験が行われている。
抗マラリヤ治療薬のクロロキンやヒドロキシクロロキンもウイルスの増殖や感染を抑える可能性がある。
急性呼吸器不全症候群(ARDS)治療薬:抗炎症制剤
抗ウイルス薬はウイルスの感染や増殖そのものを阻害する薬剤である。ウイルス感染が起こると自然免疫がまず活性化される。引き続き獲得免疫が活性化され、最終的にウイルスが体から排除される。この間に免疫反応と連動してウイルスの増殖を抑制するのが抗ウイルス薬である。
しかし、免疫反応が完全にウイルスを排除できない事態に陥ると、免疫系の暴走が始まりサイトカインストームという現象が起こる。サイトカインの嵐であり、インターロイキン6(IL-6)をはじめ様々な炎症性サイトカインが産生される。このサイトカインストームにIL-6 アンプという機序が関与していることは第4報で詳述した。
このサイトカインストーを阻害する薬剤の候補が現在関節リュウマチの治療薬として使用されている抗IL-6受容体抗体製剤(アクテムラ)であり、アメリカでランダマイズ第3相試験が行われている。日本でも計画されている。
また喘息の治療薬であるオルベスコも有効である可能性が指摘されている。オルベスコの本体はシクレソニドというステロイドの1種であり炎症を抑制できる。さらにシクレソニドには抗ウイルス作用もあることが報告されている。また他のステロイドにはCOVID-19に対する有効性が報告されていないので、単純にシクレソニドの抗炎症作用がCOVID-19に有効なのか否かは定かではない。
クロロキンはウイルスの増殖を抑制する効果以外にもIL-6の産生を抑制するなど、炎症を抑制する効果もあり、関節リュウマチなどの治療にも使用されている。これらの薬剤はすべて炎症を抑える薬剤であり、ウイルス感染後期に発症する重症肺炎やARDSに対する効果が期待される。
喘息は気管支で生じている炎症性疾患である。ARDSは肺で生じている炎症性疾患である。ちなみに関節リュウマチは関節で生じている炎症性疾患である。炎症疾患であるという点では同じである。
まだ治験の段階ではないが、高血圧の治療薬として使用されているアンギオテンシン2受容体タイプ1(AT1R)の阻害剤もARDSに見られる炎症を抑える可能性がある。
抗ウイルス薬は新型コロナウイルスに効果があっても将来出現する新型ウイルスにたいして効果があるとは限らない。一方、ARDSに効果がある治療方法は、ウイルスが引き金になったとはいえ、生体自身の過剰反応なので、将来新規のウイルスが引き起こすARDSにも効果がある可能性が大きい。また、これらの薬剤は免疫抑制作用があり、感染初期に投与すると逆効果になる可能性もある。
致死率は10分の1である可能性がある。
3月27日の第一報で説明したように、感染者数が人口の60%に達するまでは収束しないという集団免疫閾値を根拠にすれば、もし何もしなければ世界で42億人が感染し1.9億人が死亡する(3月27日時点での致死率4.6%)。日本では7200万人が感染し252万人が死亡する(3月27日時点での致死率3.5%)と予測した。しかし、この値は致死率が変われば当然変化する。
4月21日時点では、世界中で250万人が感染し17万人が死亡した(致死率6.8%)。日本では11,135人が感染し、263人が死亡した(致死率2.4%)。このデーターを使用して再検討すると、世界で2.8億人が死に、日本では170万人が死亡することになる。しかし、この数値も再検討の必要性がある。
感染者の数はPCRで確定した数なので、実際はもっと多いと考えられる。現に、昨日アメリカカリフォルニア州のある群で無作為に抽出した800人を対象に抗体検査を行ったところ陽性の割合がPCR検査の結果よりも28−55倍多いという試験的な結果が報告された(抗体陽性は現在か過去に感染したことを意味する)。ニューヨーク市でも無作為に抽出した3000人の市民を対象にした抗体検査の結果では、PCRで陽性になった数より10倍多い陽性率であった。抗体検査はまだ特異性や感度に問題があるので、必ずしも正確ではないが、PCR検査が全員に行われていない現状を考えると、実際の感染者の数はPCR検査の陽性者数よりおそらく10倍以上は多いと考えられる。
致死率は死亡者の数を感染者の数で割って算出するので、感染者の数が10倍になれば致死率は現在報告されているそれの10分の1になる。致死率が下がれば、予想される死者の数も当然修正しなければならない。現時点では、世界では最大2800万人、日本では17万人ぐらいが死亡すると考えられる。何れにしても第二次世界大戦以後では最大の危機であることは確かである。
収束までには、流行の波を繰り返しながら、2−3年はかかると予想される。これを可能な限り短期間で収束させる決め手はワクチン開発であり、治療薬の開発である。特にARDS の治療方法が確立されればCOVID-19はもはや恐るべき感染症ではなくなる。
ワクチン開発に関しては、最短でも一年はかかる。通常は、3年以上かかる。またワクチンが開発されても臨床試験をやらなければ効果があるか否はわからない。さらに副作用があり使用できないこともしばしばである。現在世界中で開発が行われているので、その結果に期待したい。ワクチン開発に成功すれば感染拡大に歯止めをかけることができる。
第2報で説明したように、自然免疫を強くする可能性のあるBCGワクチンがCOVID-19発症や重症化を抑制している可能性はある。それは、本日時点でも、人口100万人あたりの死亡者数が、BCG接種国である中国(3人)、韓国(5人)、日本(2人)が、BCG非接種国であるアメリカ(137人)、イタリア(408人)、ベルギー(518人)、オランダ(229人)などと比較して2桁ぐらい少ないことに反映されている可能性がある。すでに、ヨーロッパの一部の国で試みられているように医療関係者や高齢者を中心にBCGワクチンを接種するという選択肢もあるのではないかと考えられる。
このように、今回の危機を根本的に解決するために必要な、ワクチン開発、アビガンなどのウイルスの増殖そのものを抑制する薬剤、ウイルス感染などを抑制する薬、さらには急性呼吸器不全症候群(ARDS)の治療薬開発も全く展望がないわけではなく、過度に悲観する必要はない。COVID-19もただの風邪になる可能性もある。
しかし、決して楽観してはいけない。最悪のことを想定して対応するのが危機管理の原則である。ワクチンや治療薬が開発されない限り、流行の波はあるにしても収束するまでには2〜3年はかかると考えて、国、組織、個人のレベルでその心構えをするとともに、乗り切る様々な工夫をしていかなければならない。またワクチンやARDSの治療方法の確立に向けて、財源と人を、もっと投入して国をあげて取り組むべきだと考える。現状の事態を打開する正道であり、早期に打開できる唯一の方法でもある。