COVID-19克服への道
第4報:なぜCOVID-19はこれほど恐れられているか?
〜過度に恐れる必要はないが、決して敵を甘くみてはいけない!〜
平野俊夫、2020年4月11日
COVID-19: a new virus, but a familiar receptor and cytokine release syndrome
新型コロナウイルス感染症克服への道 !
〜まだ印刷校正が済でいませんが、4月4日に投稿した論文が本日4月11日に、Immunity on line に掲載されました。
(https://www.cell.com/immunity/home)
Zhou et al (Nature, March 12 issue), Hoffmann et al (Cell, April 16 issue)の論文により新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の受容体がサーズウイルス(SARS-CoV)と同じくACE2であることが明らかになりました。さらにHoffmannらは感染にはセリンプロテターゼTMPRSS2によりウイルスのスパイク蛋白が処理されることが必要であるということを報告しました。この2つの論文を解説するとともに、この結果からCOVID-19がサイトカインストームによって引き起こされるARDS(急性呼吸器不全)であり、白血病などのCAR-T治療における重篤な副作用であるサイトカインストームにより起こるCytokine release syndrome (CRS)が抗IL-6受容体抗体で治療できる事実をふまえ、COVID-19に見られる重篤な呼吸器不全であるARDSも抗IL-6受容体抗体で治療できる可能性を提唱しました。
SARS-CoV-2はACE2を受容体として感染するが、細胞内に入るためにはウイルスのスパイクタンパクが細胞表面に存在するセリンプロテアーゼであるTMPRSS2により切断される必要がある。その後切断されたスパイクタンパクのサブウニットがウイルス膜と細胞膜の融合を引き起こす結果、ウイルスはACE2とともに細胞内に取り込まれる。実際に、TMPRSS2の阻害剤はウイルス感染モデル実験系においてウイルスの細胞内取り込みを阻止した。またACE2に対する抗体もウイルスの細胞内取り込みを阻止した。したがって、ウイルスとACE2との結合を抑制する分子や、TMPRSS2の阻害剤はウイルス感染を抑制する効果が期待され、ウイルス感染の初期には大変有効な治療薬になる可能性がある。このような治療薬の候補としては、ウイルス膜タンパクやスパイクタンパクに対する抗体や、治癒した患者に存在する抗体が期待される。またTMPRSS2の阻害剤としては、すでに日本で膵臓炎の治療薬として承認されているカモスタットやナファモスタットがあり、東大医科研がナファモスタットの臨床研究を国立国際医療センターと連携して開始すると発表している。https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/20/03/18/06706/
以上は、感染初期の話であるが、感染後期に生じるARDSは、ウイルスが減少し始めた頃に生じるので、過剰な生体防御反応であるサイトカインストームにより引き起こされるCRSであると考えられる。
まずウイルス感染で免疫応答はどうなるかを少し解説する。
免疫には自然免疫と獲得免疫がある。
自然免疫はビルの1階、獲得免疫は2階と考えればわかりやすい。
獲得免疫は一般に言われているように、一度病気にかかれば同じ病気には2度とかからないか、かかっても軽症ですむことに関与しており、病気(抗原)に特異的である。一方の自然免疫は過去の病歴とは無関係にどのような感染症に対しても作用し(抗原非特異的)、感染症から身を守っている。しかし一般には記憶はないとされており、2度目の同じ感染症に対しては1度目と同じような振る舞い、2度目の感染に関しては記憶力を有する獲得免疫が力を発揮する。予防注射(ワクチン)は獲得免疫を利用している。
下等動物には獲得免疫は存在せず、自然免疫のみで感染防御をしているので、いかに自然免疫が強力であり、重要であるかが理解してもらえると思う。実際、獲得免疫は自然免疫が働かないと機能しないことからも、自然免疫が建物の1階とすると、獲得免疫は2階と考えるとイメージしやすい。
SARS-CoV-2であれ、なんであれ、ウイルスが感染すると自然免疫の受容体であるPattern Recognition Receptors (PRRs)と呼ばれている分子が活性化され自然免疫が活性化される。SARS-CoVでは、PRRsである、RIG-1やMDA5が活性化されてMYD88を介して転写因子であるNF-kBが活性化される。その結果、TNFa,IL-1, L-6やタイプ1インターフェロン産生が誘導される。TNFαやIL-6はマクロファージや好中球などの自然免疫細胞を活性化する。インターフェロンは抗ウイルス活性を有している。しかしながらウイルスもしたたかで、インターフェロン作用を抑制する様々な分子を作り出しで自然免疫の攻撃から逃れようとする。さらに、自然免疫がウイルスと戦っている間に、少し遅れて獲得免疫も活動を開始して、ウイルスの攻撃を開始する。もし以前におなじウイルス感染を経験していれば獲得免疫には免疫記憶があるので、ウイルス感染とともに素早く活動を開始してウイルスを排除することができる。総合的に自然免疫と獲得免疫の免疫連合が勝つとウイルスは撃退されて無症状で終わるか発症しても軽症か中等度の重症で終わる。しかし負けると、COVID-19に見られる重篤な呼吸器不全がおこり、人工呼吸器あるいは、さらに重症化すると人工肺(エクモ)が必要となる。
BCGは自然免疫の強力な刺激効果を有しており、したがってBCG接種は結核以外の感染症にも有効であることが示されている。例えばBCGにより幼児の死亡率が下がるなどである。第2報でも解説したが、自然免疫にもTrained Immunity(訓練免疫)と呼称されているある種の記憶と似た能力があり(あくまでも抗原非特異的である)、BCGにより自然免疫が訓練される。BCG接種国や地域でCOVID-19発症数や死亡数が少ない原因であることが推測されている。もちろんCOVID-19発症や致死率に影響を与える要因(遺伝的要因、食文化や生活慣習、喫煙歴、循環器系疾患などの既往歴、医療体制などなど)は様々であるが、BCGはその要因の重要な1つである可能性は十分に存在する。
以上の重要な結論は、SARS-CoV-2感染により自然免疫が活性化され、NF-κBが活性化される。IL-6やTNFαなどの炎症性サイトカインにより自然免疫が活性化される。さらにインターフェロンなどが活性化されてウイルスが排除される。また遅れて獲得免疫も活性化される。しかし、問題は免疫反応がウイルスとの戦いに負けて重篤なARDS(急性呼吸器不全)に至った時である。ここで登場するのが抗IL-6受容体抗体である。
以上のように、SARS-CoV-2が細胞に感染すると細胞膜上のACE2発現が減少する。SARS-CoVもACE2を受容体として感染するが、それに伴いACE2発現が低下することがすでに明らかにされている(Kubai et al, Nature Med, 2005)。その結果としてアンジオテンシン2(AngII)が増加する。さらにAngIIはAT1 受容体を介して作用を発揮する。Kubai らはSARS-CoVによるARDSが、ACE2リコンビナントタンパク投与やAT1R阻害剤で阻止できることを報告している。 注目すべきはAT1Rの阻害剤は高血圧症の治療薬として臨床で広く使用されていることである。
なぜ、高血圧の治療薬であるAT1R阻害剤がSARS-CoVによる重篤なARDSに効果があるのか?アンギオテンシン2 (AngII)はその受容体であるAT1Rを介して血圧を上げる作用がある。したがってAT1Rの阻害剤は高血圧の治療薬として使用されている。AT1Rは血圧を上げるだけでなく、ADAM17という細胞膜上に存在するプロテターゼを活性化することが知られていた。その結果細胞膜に存在するTNFαの前駆体やIL-6受容体α(IL-6Rα)が切断されて、成熟したTNFαが放出される。同様にIL-6Rαも細胞膜から遊離して可溶性IL-6Rα(sIL-6α)が放出される。TNF αはその受容体を介してNF-κBを活性化し、IL-6をはじめとする様々な炎症性サイトカイン産生を誘導する。一方、IL-6はその受容体を介して転写因子てあるSTAT3を活性化する。血中に放出されたsIL-6RαはIL-6を結合して、様々な細胞(血管上皮細胞、線維芽細胞、肺胞上皮細胞など)に作用して STAT3を活性化する。活性化されたSTAT3はNF-κBに作用して、その活性化をさらに強める。その結果IL-6をはじめとする様々な炎症性サイトカイン産生が増幅される。この機序をIL-6増幅機構(IL-6 amplifier; IL-6Amp)として、またIL-6 Ampが関節炎リウマチや多発性硬化症の動物モデルに重要な役割を果たしていることを2008年に報告した(Ogura et al, Immunity, 2008)。また様々な炎症性疾患やがんの発症に関与していることも報告してきた(Murakami et al, Cell Rep, 2013)。IL-6 Ampは炎症反応を過剰に引き起こすことにより、サイトカインストームに重要な役割を果たしている。現に、白血病の治療法であるCAR-Tにおける重篤なサイトカインストームによるCRSはリウマチなどの慢性炎症性疾患の治療に使用されている抗IL-6受容体抗体が有効であり、すでにCAR-T治療において臨床で使用されている。
以上の結果、治療薬の有望な標的としてTMPRSS2、ACE2, AT1R, ADAM17, TNFα, そしてIL-6/gp130/STAT3が考えられることを考察した。特に抗IL-6受容体抗体のようにIL-6阻害剤が有望であることを提唱した。
重症呼吸器不全を治療することができればCOVID-19も恐ろしい病気ではなくなります。そうなって欲しいと強く願います。
このように、今回の危機を根本的に解決するために必要な、ワクチン開発、アビガンなどのウイルスの増殖そのものを抑制する薬剤、ウイルス感染などを抑制する薬、さらには重症呼吸器不全治療薬の開発も全く展望がないわけではなく、過度に悲観する必要はない。
今までの長年にわたる基礎研究が花開くのもそう遠くない日であると考えられる。
葉落花開自有時(はおちはなひらくおのずからときあり)。
花開万劫春(はなひらきてまんごうのはる)は必ず訪れる。